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通訳は語学職ではない|観光現場で本当に求められる力とは?

内山剛@外国語楽習30年

2006年 東京外国語大学中国語学科卒
山口県ゆめ回廊通訳案内士(中国語、英語)
HSK6級195点(2021年)TOEIC825点 (2022年)

現在は韓国語、ベトナム語を独学で学習する独男。

詳しい経歴に関しては定期的に記事を書いていますのでよかったらご覧ください。

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こんな方におすすめ

  • 語学力があれば通訳は簡単だと思っている人
  • 通訳を「話す仕事」だと考えている人
  • 観光業界で現場の板挟みに疲れている人

「通訳ができる人=語学が堪能な人」

多くの人はそう考えている。確かに語学力は必要条件だ。しかし、観光通訳の現場に立ったことがある人間なら分かる。神経を削るのは単語力でも発音でもない。

インバウンドの現場は、常に動いている。時間はずれ、予約は狂い、天候は変わり、文化の違いは突然表面化する。怒りや不満は通訳に向けられ、日本側の曖昧さも通訳が吸収する。

通訳は「訳す人」ではない。現場を回し、空気を整え、衝突を緩和する緩衝材である。

語学力が高ければ楽な仕事だと思われがちだが、実際はその逆だ。言葉が分かるからこそ、両者の本音も分かる。そして分かってしまうからこそ、逃げ場がない。

本記事では、観光通訳の現場で本当に神経を使う瞬間を、語学力以外の視点から整理していく。

1. 語学力よりも神経を削るのは「時間と段取り」

観光通訳の仕事は、表向きは「言葉を訳すこと」だと思われがちだ。しかし現場に立つとすぐに分かる。実際に神経を削るのは語学力ではなく、時間と段取りである。バスの出発時刻、船の最終便、飲食店の予約時間、次の観光地の閉館時間。これらはすべて分単位で動いている。そしてその一つが崩れると、連鎖的に全体が崩壊する。

例えば昼食会場で料理の提供が遅れれば、その後の移動時間が圧迫される。トイレ待ちが想定以上に長引けば、バス会社から催促の連絡が入る。天候が急変すれば、屋外観光は即座に代替案を考えなければならない。通訳はただ説明しているだけではない。常に時計を見ながら、次の一手を考え続けている。

しかも外国人旅行者は日本の交通の正確さに期待している。遅れが出ると「なぜ?」と問われる。一方で日本側は「仕方ないですね」と曖昧に処理する文化がある。この温度差の中で、通訳は双方の理解を成立させなければならない。時間を守る責任者ではないのに、時間の責任を背負わされる。この見えないプレッシャーこそが、観光通訳が最も神経を使う部分である。


2. クレーム対応は翻訳ではなく“感情処理”

観光現場で避けられないのがクレームである。料理が口に合わない、英語表記が少ない、Wi-Fiが弱い、現金しか使えない。内容自体は小さな不満でも、旅行中は感情が増幅しやすい。通訳はその怒りを真正面から受ける立場になる。

ここで問題になるのは、怒りをそのまま直訳できないという点だ。外国人の率直な表現を日本側にそのまま伝えれば、場の空気は一気に険悪になる。一方、日本側の曖昧な説明をそのまま訳せば、旅行者は納得しない。つまり通訳は単なる言語変換装置ではなく、感情の調整役なのである。

語学力が高いだけでは乗り越えられない局面がここにある。声のトーン、言葉の選び方、順番、表情。そのすべてを瞬時に計算しながら伝える必要がある。怒りを弱め、責任をなすりつけず、解決の方向に導く。その過程で、通訳自身の感情は常に後回しにされる。

クレーム対応が続くと精神的に消耗する。自分の責任ではないのに、矢面に立つ。その負荷は語学試験の点数では測れない。観光通訳が削られるのは、単語力ではなく、感情処理の連続による精神力なのである。


3. 文化衝突は、その場で判断するしかない

観光通訳の現場では、文化の衝突が日常的に起こる。写真撮影のマナー、声の大きさ、列への並び方、宗教上の配慮、土足の可否、飲食店での支払い方法。どれも小さな違いだが、積み重なるとトラブルになる。

問題は、これらに明確なマニュアルが存在しないことだ。「ここは日本だから従ってください」と強く言えば関係は悪化する。「仕方ないですね」と日本側に合わせれば旅行者の満足度は下がる。通訳はその中間で最適解を探さなければならない。

判断は常に即時である。事前に想定していても、実際の状況は毎回違う。団体の年齢層、国籍、性格によっても反応は変わる。通訳は語学力よりも観察力と瞬発力を試される。言葉を選ぶ前に、空気を読む。場を壊さない言い回しを即座に構築する。この繰り返しが神経を削る。

文化の橋渡しとは美しい言葉だが、現場はもっと生々しい。小さな誤解を放置すれば後で大きな不満になる。逆に、過剰に説明すれば疲労感を与える。適切な距離感を探るこの作業こそ、観光通訳の核心である。


4. 通訳は語学職ではなく「現場の緩衝材」

観光通訳は語学の専門職だと思われている。しかし実態は、現場の緩衝材であることが多い。旅行者と店舗、ガイドと運転手、主催者と参加者。そのすべての間に立ち、摩擦を減らす役割を担う。

トラブルが起きたとき、最初に声をかけられるのは通訳だ。「どうなっているんだ」「説明してほしい」。責任の所在とは無関係に、前面に立つのが通訳である。板挟みの構造は避けられない。どちらの側にも一定の理解を示しながら、関係を壊さない着地点を探す。

ここで求められるのは語彙力ではなく判断力である。何を強く言い、何を和らげるか。どの情報を先に出し、どこをぼかすか。通訳は常に微調整を行っている。しかもその作業は評価されにくい。問題が起きなければ「何もなかった」と見なされるからだ。

だからこそ通訳経験者ほど「語学が得意です」とは軽々しく言わなくなる。語学は前提条件に過ぎない。本当に神経を使うのは、人と人の間に立ち続けることだ。観光通訳は、言葉を訳す仕事でありながら、実際には関係性を守る仕事なのである。

まとめ

観光通訳において、語学力はあくまでスタートラインに過ぎない。

本当に神経を使うのは、時間を回し続ける段取り力、怒りを吸収する感情処理力、文化衝突をその場で裁く判断力、そして板挟みの中で関係性を壊さない緩衝力である。

通訳は中立ではいられない。責任者ではないのに責任を背負い、当事者ではないのに最前線に立つ。問題が起きなければ評価されず、問題が起きれば真っ先に呼ばれる。

それでも現場を回し続けるのは、「言葉」を超えて「人と人をつなぐ」役割を担っているからだ。

語学力が高い人が通訳に向いているとは限らない。むしろ、状況を俯瞰し、空気を読み、瞬時に判断できる人間こそが、この仕事を続けられる。

通訳とは語学職ではない。判断職であり、調整職であり、精神労働である。

その現実を知ったとき、はじめて「通訳ができる」という言葉の重みが分かるのではないだろうか。

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