こんな方におすすめ
- 翻訳アプリを使えば海外で困らないのではと思っている人
- 40代から外国語を学び直す意味があるのか迷っている人
- 英語や中国語の学習を続ける意味に迷っている人
AIが急速に進化しています。
英語の文章を日本語にする。
日本語を中国語にする。
外国人から届いたメールを読む。
自分が書いた文章を自然な英語に直す。
以前なら語学力が必要だった作業の多くを、今ではAIや翻訳ツールがかなり助けてくれます。
そうなると当然、
「これから英語や中国語を勉強する意味はあるのか?」
という疑問が出てきます。
私自身、英語と中国語を長く勉強し、実際の仕事でも使ってきました。
だからこそ、この疑問はかなり重要だと思っています。
もし私が今から外国語を始めるなら、
「AIに負けないために外国語を勉強する」
とは考えません。
むしろ、
AIを使いながら、それでも人間に残る部分を強くするために外国語を勉強する
と思います。
AI翻訳が便利になったことは、外国語学習の価値をなくしたのではありません。
逆に、
外国語を勉強する目的を変えた
のではないかと思っています。
今回は、
AI時代でも英語や中国語を勉強する意味はあるのか。
そして、
翻訳機では代替しにくい外国語の力とは何なのか
について、私自身の経験を踏まえて考えてみたいと思います。
「翻訳するだけ」ならAIに任せられる場面は増えた
まず認めなければならないのは、
単純な翻訳作業については、以前より人間が外国語を覚える必要性が下がっているということです。
例えば海外企業から英語メールが届いた。
以前なら、
知らない単語を辞書で調べる。
文章構造を考える。
意味を理解する。
という作業が必要でした。
今なら文章をAIに入れれば、かなり短時間で内容を把握できます。
中国語も同じです。
1688の商品ページ。
中国企業から届いたメッセージ。
説明書。
こうした文章も翻訳できます。
自分から外国語を書く場合も、
「この文章を英語にしてください」
「中国企業へ送る自然な中国語にしてください」
と頼めます。
だから、
外国語学習=外国語を日本語へ変換する能力
だけなら、確かに以前ほど価値は高くないかもしれません。
しかし仕事や人間関係では、
翻訳できれば終わり、
ではありません。
ここから先が重要です。
AIが訳せても「相手が何を言いたいか」までは単純ではない
例えば中国企業とのやり取りで、
「できます」
という返事が来たとします。
文章そのものを翻訳するだけなら簡単です。
しかし、
本当に確実にできるのか。
担当者が軽く返事をしているだけなのか。
工場まで確認済みなのか。
納期まで含めて問題ないという意味なのか。
ここは文章を直訳するだけでは分かりません。
英語でも同じです。
例えば、
That might be difficult.
という文章があったとします。
直訳すれば、
「それは難しいかもしれません」
です。
しかし状況によっては、
実質的に、
「できません」
という意味に近いこともあります。
外国語を長く使っていると、
言葉そのものだけではなく、言葉の後ろにある温度感を見る
ようになります。
もちろんAIにも文脈を与えれば解釈を手伝ってもらえます。
しかし実際の仕事では、
その場の関係性。
それまでのやり取り。
相手の立場。
過去の対応。
電話での声の調子。
こうした情報まで含めて判断します。
外国語力は、
単純な翻訳能力ではなく、
相手の意図を読み取る力
でもあると思っています。
仕事では「すぐ返す」こと自体に価値がある
例えば外国人から突然電話がかかってきたとします。
AI翻訳があれば理論上対応できる。
しかし現場では、
相手が話す。
翻訳する。
自分の返事を作る。
翻訳する。
相手へ伝える。
毎回これを繰り返すと、会話のテンポはかなり変わります。
特にカスタマーサービスや営業では、
返事の速さそのものがコミュニケーションの一部
です。
相手が困っている。
怒っている。
急いでいる。
そこで、
「少々お待ちください。今翻訳します」
を何度も繰り返せば、解決できても会話としては不自然になります。
一方、
完璧な英語ではなくても、
I understand.
Let me check.
Just a moment, please.
I see what you mean.
のような言葉がすぐに出れば、相手を待たせずに済みます。
私は外国語について、
完璧に話す能力より、必要な瞬間に反応できる能力
の方が実務では重要な場面があると思っています。
AIは非常に便利です。
しかし、
「今この瞬間に相手へどう返すか」
という部分では、自分の中に外国語があることが強みになります。
外国語ができると「確認」が直接できる
仕事で外国語を使っていて、私が非常に重要だと思うのが、
確認する力
です。
例えば中国企業へ、
「この商品は500個でこの価格ですよね?」
「納期は30日で間違いありませんか?」
「この部分の仕様変更も含まれていますか?」
と直接確認する。
英語でも、
Just to confirm...
Do you mean...?
Could you clarify...?
というように、その場で聞き返す。
これができます。
AI翻訳を使う場合でも質問はできます。
しかし自分がある程度外国語を理解していれば、
相手の返事を見た瞬間に、
「質問への答えになっていない」
「ここだけ曖昧だ」
「数字が前回と違う」
と気づけます。
これはかなり重要です。
外国語が全く分からず、
AIが出した日本語だけを見る場合、
翻訳された文章そのものを疑う視点を持ちにくい
ことがあります。
外国語を知っていれば、
AIを信用するかどうかも自分で判断できます。
私はこれからの外国語学習では、
AIなしで全部やる能力
より、
AIの出力を確認できる能力
の価値が高くなると思っています。
外国語を知っているとAIをもっと上手に使える
これは非常に重要だと思います。
例えばAIに、
「英語にしてください」
と頼む。
文章は完成します。
しかし英語が全く分からなければ、
その文章が、
硬すぎるのか。
カジュアルすぎるのか。
相手に失礼ではないか。
自分らしい言い方なのか。
判断できません。
中国語でも同じです。
AIが作った中国語を、
そのまま中国企業へ送る。
文法的には正しい。
しかし、
「この場面ではちょっと堅いな」
「中国のチャットではもっと短くていいな」
「ここは確認を強めた方がいいな」
という判断は、外国語を知っている人の方がしやすいです。
つまりAI時代では、
外国語ができる人はAIと競争するのではなく、
AIを使って自分の外国語能力を拡張できる
のです。
私はこれが大きいと思っています。
ゼロから英文を書くのに10分かかっていた人が、
AIで30秒で下書きを作る。
その後、自分で確認して修正する。
これなら非常に速い。
外国語力+AI。
この組み合わせは、
外国語力だけ。
AIだけ。
より強くなる可能性があります。
外国語には「相手との距離を縮める力」がある
これは翻訳精度とは別の話です。
例えば中国人と話しているとき、
ずっと翻訳機を通して日本語で話す。
コミュニケーションはできます。
しかし自分から中国語で、
你好。
谢谢。
没问题。
我明白了。
と言う。
たったこれだけでも、相手の反応が変わることがあります。
英語でも同じです。
外国人が日本に来て、
完璧ではなくても日本語で、
「ありがとうございます」
と言ってくれたら、少し親近感を持つ人は多いと思います。
外国語には、
情報を運ぶ以外の役割
があります。
「あなたの言葉で話そうとしています」
という姿勢を伝えることです。
仕事でもこれは重要です。
海外取引では最終的に、
人と人。
会社と会社。
の関係になります。
同じ価格。
同じ条件。
なら、
話しやすい人。
信頼できる人。
レスポンスが早い人。
を選ぶことがあります。
外国語を使えることは、
相手との心理的な距離を縮める手段
にもなります。
ここは翻訳機だけでは完全に代替しにくい部分だと思っています。
雑談こそAI翻訳では置き換えにくい
私は仕事で外国語を使ううえで、
意外と大切なのが、
雑談
だと思っています。
会議が始まる前。
商談が終わった後。
食事。
移動。
休憩時間。
こうした場面です。
仕事の重要事項なら翻訳機を使えばいい。
しかし雑談で毎回スマートフォンを出して、
翻訳。
返事。
翻訳。
を繰り返すのは難しい。
さらに雑談はテンポがあります。
冗談。
相づち。
話題の変化。
相手の表情。
こうしたものが短時間で動きます。
そこで簡単な外国語でも直接話せれば、
関係性を作りやすくなります。
海外ビジネスでは、
会議室の中だけで仕事が決まるとは限りません。
むしろ、
食事をした。
一緒に移動した。
何度も話した。
という経験から信頼が生まれる場合があります。
私は外国語を勉強する意味の一つは、
翻訳機を使わずに相手と同じ時間を共有できること
だと思っています。
外国語を学ぶと「外国の情報を直接見る習慣」がつく
AI翻訳があるので、外国語の記事も日本語で読めます。
これは非常に便利です。
しかし外国語を知っている人は、
そもそも外国語で検索できます。
英語なら英語で検索する。
中国語なら中国語で検索する。
すると、日本語だけで検索した場合とは違う情報にたどり着くことがあります。
例えば中国の商品情報を調べるなら、
日本語で、
「中国 ○○ 商品」
と検索するのと、
中国語の商品名で1688や中国の検索サービスを探すのでは、見える世界が違います。
英語でも、
海外の会社。
海外ニュース。
専門情報。
レビュー。
などに直接アクセスできます。
AIは翻訳してくれます。
しかし、
何を検索すればいいか
までは、自分の知識が大きく影響します。
外国語を学ぶことで、
「この言葉なら現地ではこう検索する」
という発想が生まれます。
私はこの能力も、今後かなり重要だと思っています。
外国語を勉強すると、日本語だけでは見えなかった考え方が見える
外国語を長く勉強して面白いと思うのが、
単純に言葉が増えるだけではない、
ということです。
例えば、
英語ではこういう言い方をする。
中国語ではこういう言い方をする。
日本語では直接言わないことを、別の言語でははっきり言う。
逆に日本語では簡単な表現なのに、外国語にすると説明が必要になる。
こうした違いがあります。
言葉には文化が入っています。
そのため外国語を学ぶことで、
別の考え方の型
に触れることができます。
これはAI翻訳された日本語を読むだけでは、完全には感じにくい部分です。
外国語のまま理解できるようになると、
「なぜこの言い方なのか」
まで考えられるようになります。
私は外国語学習の価値は、
会話だけではなく、
自分の考え方の幅を広げること
にもあると思っています。
AI時代だから「全部覚える」必要はなくなったと思う
逆に、
AIがあるのに昔と全く同じ外国語学習をする必要もないと思います。
例えば、
辞書を引かないと意味が分からない単語を何万語も覚える。
完璧なビジネスメールをゼロから書けるようになる。
すべての文法を暗記する。
私はこういう能力の優先順位は下がっていくと思っています。
分からなければAIに聞けばいい。
難しい文章は翻訳すればいい。
英文メールの下書きもAIに作ってもらえばいい。
だから学習時間を、
人間にしか使いにくい部分
へ回す。
例えば、
聞く。
話す。
相手へ質問する。
その場で返す。
ニュアンスを感じる。
AIの文章を確認する。
こうした能力です。
つまりAI時代の外国語学習は、
外国語を全部自分で処理できるようになること
を目標にしなくてもいいと思っています。
私ならAI時代の外国語学習はこう変える
私なら今から外国語を始める場合、
単語暗記だけに大量の時間を使いません。
まず基本語彙。
基本文法。
発音。
ここを押さえます。
その後は、
AIと外国語で会話する。
自分の文章を添削してもらう。
分からなかった表現を説明してもらう。
自分の仕事に必要な会話を練習する。
外国人と実際に話す。
という方向へ進めます。
例えば英語なら、
「カスタマーサービスでお客様が怒っている設定で会話してください」
とAIへ頼む。
中国語なら、
「中国工場と納期交渉する設定で会話してください」
と頼む。
これはかなり実践的です。
つまりAIを、
外国語学習を不要にする存在ではなく、外国語学習の練習相手として使う
ということです。
翻訳機があるからこそ「簡単な外国語」が強くなる
私は今後、
完璧な外国語を話せる人だけが有利になるとは思いません。
むしろ、
基本的な外国語は自分で話せる。
難しい部分はAIを使う。
という人が強くなると思っています。
例えば商談で、
最初の挨拶。
雑談。
簡単な説明。
質問。
確認。
ここまでは自分で話す。
複雑な契約条項になったらAIや専門家を使う。
これでいいと思います。
外国語学習では、
「ネイティブのようにならなければ意味がない」
と考える必要はありません。
AI時代だからこそ、
自分が直接処理する範囲とAIへ任せる範囲を分けられる人
の方が実務では強いと思います。
40代から外国語を始めても意味はある
AIが進化している。
自分はもう40代。
今から何年も英語を勉強しても意味がないのではないか。
そう考える人もいるかもしれません。
私はむしろ逆だと思っています。
今はAIがあるため、
以前より外国語学習のハードルは下がっています。
分からない文法をいつでも聞ける。
発音を確認できる。
会話練習ができる。
文章を修正できる。
翻訳もできる。
つまり、
全部一人で覚えなくても外国語を使える時代
です。
だから、
「10年かけて完璧になろう」
ではなく、
「半年後にAIを使いながら外国人と仕事ができる状態を作ろう」
という目標でもいい。
外国語力を0から100へ上げる必要はありません。
20の外国語力と80のAI。
50の外国語力と50のAI。
そういう組み合わせでもいいと思います。
まとめ|AI時代に必要なのは「翻訳できる人」ではなく「外国語でつながれる人」
AI時代でも外国語を勉強する意味はあるのか。
私は、
ある
と思っています。
ただし目的は変わっています。
昔は、
外国語を日本語へ訳せる。
日本語を外国語へ訳せる。
という能力そのものに大きな価値がありました。
今はその多くをAIが助けてくれます。
だからこれから価値が残るのは、
相手のニュアンスを感じる。
その場ですぐ返す。
曖昧な部分を確認する。
AIの翻訳が適切か判断する。
外国人と雑談する。
関係を作る。
外国語で情報を探す。
相手の文化や考え方を理解する。
こうした部分だと思います。
つまり、
外国語を「翻訳するため」に勉強する必要性は下がっても、外国語で人とつながるために勉強する価値は残る。
私はそう考えています。
そしてAIは敵ではありません。
外国語を勉強している人ほど、
AIを使えばさらに速く、
さらに広い世界とコミュニケーションできます。
だから私は、
AI時代だから外国語をやめる、
ではなく、
AI時代だからこそ、外国語学習のやり方を変える
という方を選びます。
翻訳機に勝つ必要はありません。
翻訳機を使いながら、
自分の耳で聞く。
自分の口で話す。
自分で判断する。
相手と信頼関係を作る。
そこに外国語を勉強する意味は、これからも残ると思っています。